

奥家住宅
二百余年の時をつなぐ、国指定重要文化財
広島県三次市吉舎町に佇む茅葺屋根の古建築
二百年以上にわたり奥家の人々によって受け継がれ、この地で人々の暮らしを見守り続けてきました
奥家の歩み
丹波から吉舎へ、奥家の来歴
奥家は丹波国の武士を出自とし、16世紀のはじめ頃にこの地方へ移り、宝永年間(1704〜1711年)に現在地へ居を移したと伝えられています。
現在の主屋は天明8年(1788年)に建てられたもので、江戸時代末期には奥家がこの地域の庄屋を務めました。
江戸時代の暮らしと建築を、今に伝える
天明8年(1788年)に建てられた奥家住宅の主屋は、この地方における江戸時代後期の民家の姿を今に伝える貴重な建築です。
国指定の重要文化財として



差梁の墨書
建設時期 文化二年
大工 喜八
発注者 佐々木武十郎(奥)
茅葺の屋根をもつ主屋には、農作業や穀物の脱穀などに使われた広い土間と、日々の暮らしの場、人を迎える座敷、仏間などが残されています。なかでも土間の上部に見られる、太い梁を五重に組み上げた力強い木組みは、奥家住宅を特徴づける珍しい構造です。
座敷には杉材を用い、長押を巡らせた格式ある造りが見られる一方、生活空間には当時の農家の暮らしを伝える素朴な造りが残されています。ひとつの建物の中に、生活、農作業、接客、祈りといった当時の営みを伝える空間がまとまって残されていることも、奥家住宅の大きな特徴です。
なかでも木小屋は、修理のために解体した際、差梁の端部から墨書が発見され、文化2年(1805年)に建てられたことが明らかになりました。さらに、地域住民の助言により、草木などを蒸し焼きにして灰をつくり、田畑の肥料として利用する「灰屋」として使われていたことも分かっています。この地域のかつての暮らしや農業文化を今に伝える建物で、1805年の建築は、掘っ建て小屋として日本で最も古いものとされています。
こうした歴史的・建築的価値から、主屋は昭和53年(1978年)に国の重要文化財に指定されました。さらに平成28年(2016年)には、文化9年(1812年)建築の土蔵と宅地も追加指定され、主屋だけでなく、奥家の暮らしを形づくってきた屋敷全体が大切に受け継がれています。
守り、暮らしつなぐ
奥家住宅は、文化財として保存されているだけの建物ではありません。
現在も人が滞在し、暮らしながら守り続けている「住まい」でもあります。
そのため、歴史的な姿を残す空間を大切にしながら、居住区域には現代の生活に必要な設備を取り入れ、現在も暮らすことのできる住環境が整えられています。
こうした整備は、重要文化財としての価値を損なわないよう文化庁と相談し ながら行われてきました。

囲炉裏の裏 現在の居間 食堂

水洗トイレ

お風呂
二百年以上前に建てられた家を、過去の姿のまま保存するだけではなく、人が住み、手を入れ、守り続ける。
奥家住宅は、江戸時代から受け継がれてきた歴史と、現在の暮らしがともに息づく文化財 です。
国際禅藝文化交流会とのつながり
受け継ぐ場所、そして文化を育む場所
一般社団法人 国際禅藝文化交流会は、奥家住宅を登記上の事務所としています。
長い年月を越えて受け継がれてきた建築。
土地に根づいた暮らしと文化。
そして、それらを未来へ残すために受け継がれてきた人々の知恵と手仕事。
私たちが大切にする「禅」と「藝」もまた、人から人へ受け継がれ、国や言葉、時代を越えて、新たな文化へとつながっていくものです。
歴史あるものを守るだけではなく、そこに再び人が集い、語らい、芸術に触れ、新しい出会いが生まれる。
奥家住宅から、日本と世界を結ぶ文化交流を。
この場所に積み重ねられてきた時間を未来へつなぎながら、新たな文化とご縁を育んでまいります。
